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素直な気持ち

若き日の私は



性欲=悪



と考えていました。



おそらく、性欲が原因となって人に危害を加える事件が多いからそういうイメージがついただけで



性欲自体を否定するのは



完全な偏見でした。



私は



自己女性化愛好症のけが小さい頃から有り、



性的に興奮するのは自分を女性と重ね合わせた時だけでした



小さい頃は男の子も女の子も好きになりましたし、(男の子が好きになったことは口外しませんでしたが)



彼女をほしいと思ったこともありましたが



女性や男性に対して興奮したことは全くなかったのです。



エッチな本をみんなが見ている中、



私は特に興味もなく、



見ても「興奮しなくちゃいけないのでは?」という焦りを感じるだけでした。



そんな中、確かに自分がときめいたのは



自分が女性になりきったときだけでした。



お母さんの下着をつけたり、リップをつけたり



TSF小説で女性化したキャラになりきってみたり



オ○ニーのネタはいつもそれでした。



それでしか最後まで達することができませんでした。



彼女と体を交えたこともありましたが



フィニッシュは女性として扱われないとイケませんでした。



それでも私は



自分が正常な男性であると信じていました。



こういう性癖は誰もが持っていて



ただ、ナルシズムの形が人とは違うだけだと思っていました。



しかし、こういう欲求。



帰属すること性欲は



三大欲求と呼ばれるほど強いモノ



私は結局それに従うことになってしまいました



いわゆる変態の仲間入りです。



自分でも異常者だってことは把握しています。




だけどやっぱり、、、





嬉しいんですね。



人間の喜びの源泉はいったいどこからくるのでしょうか。



社会的な喜びだろうが肉体的な喜びだろうが



その源泉は本能。



だとすれば



性欲も本能なのだから



それ発信の喜びを求めてしまうことは



人間として落伍者なのでしょうか。





・・・・・




答えはおそらく千差万別でしょう。



実際に行動に踏み出す前、



私は女性ホルモンについて真剣に調べました。



トランスジェンダーの方とも何人もお会いしました。



ハッテン場やイベント、ニューハーフのお店にも顔を出しました。



今までいわゆるレールに乗ってきた分、



そういう行動をして初めて



ああ、自分の為に生きてるなあ。



と感じることができていました。



そう感じたこと。



そこにあるのは、ただその事実のみなのです。



人生の答えなんていうものはおそらく無いのだと思います。

整形手術の難しさ

整形手術を成功させるには、



「執刀医の腕」と「執刀医の美的感覚」、または、「患者の要望への忠実さ」が必要になります



何かを判断するときに



私たちはその人の見かけで判断してしまいがちです。



ここでいう「見かけ」というのは



執刀医の人となりだったり、説明の仕方・分かりやすさだったり、話をどれだけ聞いてくれるかだったりします。



しかし、この「見かけ」の良さは、「腕の良さ」だったり、「美的感覚」とは必ずしもリンクしません。



これらは必要条件でも十分条件でもないのです。



だからこそ手術は難しい。



大がかりな骨きりの手術なら、腕が良くても後遺症が出る可能性も高い分、



どの医者であっても失敗例というのが存在するでしょう。



ですので、断片的な失敗例を拾ってきても



その医者に腕があるかどうかを判断する基準には必ずしもならないのです。



また、口コミサイトのレビューも当てにならないでしょう。



自分が口コミサイトを運営しているとして、



その広告代理店などから多額の謝礼を用意されたら、



あなたならレビュー操作をしないと言い切れるでしょうか?



また、患者自体が自分の変化に夢を持ちすぎて、



執刀医の腕が良かったのにもかかわらず不満をいうパターンもあるでしょう。



そうなる前に、



ちゃんと3Dで整形をシミュレーションすることは



自分が現実的な手術結果を望んでいるかどうかを確認する上では必要なことなので



クレーマーになる前に、



自身もやるべきことをやる必要があるでしょう。



このように当てになるものが少なく、



不明瞭な要素が多いからこそ



整形手術は難しいのだとつくずく痛感します。



一番いいのは



自分と美的感覚が似ている整形経験者の話を聞くことだとは思いますが



そういう方を探し出すのはとても難しい。。。



しかしながら、



つい先日なんとかそういう方を発見したので



その方からいただいたアドバイスを参考にしていこうと考えています。

心の性別ってあるのだろうか

哲学的な話になっちゃいます。



生物学的に男女は識別可能です。



染色体を調べれば大体2つに大別できるからです。



そこから外れる方々は生物学的には男女に分類できず



性別としては未分類になるでしょう。



では「心の性別」はどうでしょうか



私たちは何をもって心の性別を判断するのでしょうか



「男性的な傾向」、「女性的な傾向」という判断基準があり



どちらにより対象者の性格が当てはまるかで判断するしか無いのが現状です



それではどちらにも偏らなかった場合はどうなるのでしょうか



心の性別は中性?分類不可能?



でもそういう人はたくさんいることでしょう



それらの人たちが総じて精神的苦痛を受けているのでしょうか



心の性別が無いのに体の性別は男性だ、女性だと苦痛を感じているのでしょうか



しかも、この分類でいう心の性別と体の性別が真逆の人間ですらたくさんいるでしょう



そういう人たちは日常生活に支障を期待しているのでしょうか



答えは否でしょう。



結局のところ



いわゆる「心の性別」というものはなく



「男性でありたい願望」、「女性でありたい願望」と実際の体のギャップが



性転換願望を抱く人々の



苦しみの原因であり



理解がないように思える医者が「心の性別」を勘違いだと



一蹴してしまうのは論理的には正しいのです。(言い方が当事者の感情をどう傷つけるかはさておき)



おそらく現在の性格の男性的、女性的という傾向を反対にした文化圏で育った人間は



標準的な性格的な性別に対する基準が、私たちとは反対にインストールされて育つのではないでしょうか



それほど心というのは



うつろうものであり、



染色体の配列のごとく物理的にかっちりと



大別できるものでもないのではないでしょうか。



それを踏まえると「心の性別」を権利のように振りかざすことは



やはりいつまでたっても一般人の理解を得ることができないやり方であり



「男性でありたい願望」、「女性でありたい願望」という



ちょっと耳障りは悪いかもしれないが正確な表現を使って



よりなりたい自分を地道に目指す方が



周りからの同情や哀れみを買うことはできなくなりますが



人間としては誠実なのではないかと思うのです。

既婚者のトランスには反対

既婚者のトランスには反対です。



重大な秘密を隠して結婚することは裏切りだと考えるからです。



この「重大な」の定義が難しくて



どこからそれに該当するかはおそらく個々の価値観によると思いますが



それを知っていたら確実に結婚しなかったであろう理由に該当したら重大であるのではないでしょうか


婚前にパートナーが


借金が20万円ある
借金が200万円ある
借金が2000万円ある
借金が2億ある





↑どこまでなら結婚できるでしょうか



風俗で1日働いたことがある
風俗で1年働いていた
風俗で5年働いていた





↑どこまでなら許せるでしょうか


ヘテロセクシャルである
バイセクシャルである
ホモセクシャルである



↑どこまでなら許せるでしょうか



異性装を部屋でする
異性装をして外出するがただの趣味だ
異性装をして外出するし、そのときは異性になりきる
女性ホルモン(男性ホルモン)をしたい願望がある
女性ホルモン(男性ホルモン)をしていたことがある
女性ホルモン(男性ホルモン)をしている



↑どこまでなら許せるでしょうか



以前、夫が突然トランスに目覚めた妻のブログをたまたま見つけました



この女性は非常に可哀想だと思います。



おそらく、そういう事実を知っていたら結婚はしなかったはず。。



ですので



私はむやみやたらに女性ホルモンや男性ホルモン投与、



または状況を踏まえずに性転換を応援する方々には反対です



人を傷つけたり裏切ってまで



自己実現をするのは



男女の問題以前に



人としての誠実ではないと考えるからです。



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